背景:ヤゲオ、ミネベアミツミ、芝浦電子の素顔
台湾・高雄のヤゲオ工場に掲げられたロゴ。ヤゲオは1977年創業の電子部品大手で、業界を代表する受動部品メーカーの一角だ。年間売上約40億米ドル、従業員4万人超、35カ国に61の製造拠点を擁し、Telemecanique SensorsやNexensosなど欧米の大手企業買収を成功させながら製品ポートフォリオを拡充してきた。こうした成長戦略によりヤゲオは「両社統合による相乗効果」を自信をもって掲げるグローバル企業であり、世界市場での競争力をさらに高めたい考えだ。ミネベアミツミは日本の総合精密機器メーカーで、精密ベアリングや小型モーター、電子部品に強みを持つ。旧ミネベア(埼玉県)と米ミツミ電機の統合で2017年に誕生し、現在は主に車載用センサーやIoT機器向け部品など成長分野にも積極投資している企業である。日本企業の「ホワイトナイト(友好的買収者)」として技術防衛の役割を強調してきた背景もあり、国産技術の重要な橋頭堡(きょうとうほ)としてミネベアミツミの意欲は強い。芝浦電子はその両社から熱視線を浴びるターゲットだ。1953年創業でNTCサーミスタを中心とする温度センサーに強みを持ち、世界シェア約13.5%を占めるとされる。売上規模は年間約320億円、従業員約4,800人で、自動車、産業機器、家電、医療、航空宇宙まで幅広い分野に製品を供給している。長年培った独自材料開発力とセンサー技術が両社を惹きつけており、こうした優位性をめぐる争奪戦が注目されてきた。
買収合戦の幕開け:ヤゲオの先制攻撃
春先、静かな東証市場に激震が走った。2025年2月5日、ヤゲオは芝浦電子株の100%取得を目指すTOBを公表し、1株4300円での公開買付けを予定すると発表した。当時の終値(2月4日)は約3130円だったため、この価格設定は約37%のプレミアムを乗せた高額提案に相当する。ヤゲオは声明で、芝浦電子の優れた温度センサー技術をグローバルに展開し「両社の統合による相乗効果」を最大化すると強調した。しかし芝浦電子取締役会はミネベアミツミの支援を表明し、ヤゲオ案には慎重な姿勢を示した。4月10日にミネベアミツミが1株4500円でTOBを発表すると、その総額は約1500万株・約675億円にもなると見込まれ、保有株主らに対する早期現金化機会の提供も強調した。このニュースを受け、芝浦電子株は4月10日に前日比12%高と急騰し4700円で引けた。東証でも「大手外資による敵対的TOB」という衝撃的な展開に取材陣が殺到し、投資家心理も一気に活況を呈した。こうして序盤戦はミネベアミツミの“ホワイトナイト”提案に追随する形で始まった。
価格競争の激化
両社のせめぎ合いはさらに加速度を増し、夏に向けて熾烈化していった。まず4月17日、ヤゲオが買付価格を4300円から5400円に引き上げ、これを受けてミネベアミツミは5月1日に価格を4500円から5500円に改定し、5月2日から買付を開始した。これに対しヤゲオは5月9日に価格を6200円に再度引き上げ、TOBを正式にスタートさせた。両者の価格競争をまとめると次の通りである:
- 4月17日: YAGEOが買付価格を4300円から5400円に引き上げ。
- 5月1日: ミネベアミツミが価格を4500円から5500円に改定し、5月2日から買付を開始。
- 5月9日: YAGEOは価格を6200円に再度引き上げ、TOBを正式に開始。
これら一連の価格引き上げ合戦を経て、夏に向けてさらに熾烈な展開が続いた。ヤゲオ側は、この価格設定について「両社統合による相乗効果を最大限活かすため」と説明し、買収後の事業拡大に強い自信を示している。一方、ミネベアミツミは「現在提示している6200円は合理的かつ最大限の価格」と表明し、これ以上の追加提案を否定する姿勢を崩していない。買付期間延長も互いに繰り返され、7月にかけてヤゲオは8月18日まで期限を延長し、ミネベアミツミも同日に買付期間を8月18日まで延長するなど、事実上のロングランの攻防となっている。
投資家心理と株価の乱高下
価格引き上げのニュースに、投資家の心理は一喜一憂した。4月10日のミネベアミツミ提案直後は既述の通り芝浦電子株が12%急騰したが、その後も動揺は続いた。8月15日にはミネベアミツミの6200円提案を受けて株価が年初来高値の6420円まで上昇。これは時価総額がおよそ1000億円規模に膨らむもので、市場でも「割高になりすぎていないか」との声が聞かれた。一方で8月21日にヤゲオが6635円へ引き上げを発表した直後は株価が高値圏で維持されたが、ミネベアミツミが「6200円以上は払わない」と宣言した8月22日には株価が反落して6270円で取引を終えた。投機筋も入り乱れ、空売りポジションの増加や個人投資家のロングポジション解消など相場特有の動きが散見される。結果として、わずかな情報変化に対して市場心理が敏感に揺れ、芝浦電子の株価は文字通りジェットコースターのような乱高下となった。
規制の壁:外為法承認の行方
TOB成立の行方を左右するのが、外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づく日本政府の審査だ。ヤゲオは6月2日に外為法による買収手続きを財務省に届け出たが、経済安全保障の観点が厳しく問われる中で長期審査となっている。ヤゲオは7月1日に買付期間を7月15日まで延長すると発表、7月15日にはさらに8月1日まで延長され、8月1日には8月18日まで延長すると公表された。ミネベアミツミも同日、芝浦電子へのTOB期間を8月18日まで延長すると発表、両者とも審査完了を見越して時間をかける構えを取っている。ミネベアミツミ側はこの異例の長期化について「極めて異例」だと指摘し、政府の判断に強い慎重さが要求されていることを示唆した。報道では、最終審査結果は遅くとも11月1日までに下る見通しと伝えられており、結論が秋まで持ち越される可能性が高い。政府は国家安全保障上の判断を重視しており、技術流出リスクと経済効果のバランスを検討しているとみられる。
夏の最高潮:7130円提示とミネベアの静観
TOB合戦はいよいよクライマックスに突入した。ミネベアミツミは8月14日に買付価格を5500円から6200円に引き上げたが、ヤゲオは8月21日に自社の提示価格を6635円へ再度引き上げた。しかしミネベアミツミは「6200円以上は支払わない」と改めて表明し、価格競争から一歩退く姿勢を鮮明にした。両者の温度差が明確になる中、8月23日になってヤゲオはついに1株7130円へと価格を再々引き上げ、TOB期間を9月8日まで延長すると発表した。ヤゲオはこの価格について「両社統合後の潜在的な相乗効果を最大限考慮した水準」だと説明しており、交渉当事者として最後まで攻勢を緩めない構えを示している。一方、市場ではこの上限価格が「ひとまず最終形」と見られ、ミネベアミツミ側も現時点での追加提案を控えた。
決着は先送り:展望と不透明さ
いま両社が固唾を飲んで見守っているのは、外為法審査の行方である。仮に承認が下りれば、現提示額7130円でヤゲオの勝利が確実視されるだろう。しかし一方で、ミネベアミツミは既に6200円での買収申込に同意している株主に早期現金化の機会提供を訴えており、国内産業保護の観点でも慎重なスタンスを取っている。日本政府は国家安全保障上の審査を優先するため、結果はなお未定である。結論が秋以降に先送りされれば、両社ともに資金調達や株価対策が続く見込みだ。企業買収のドラマはまだ終わらない。最終的にどちらが勝者となるか――その答えは政府の審査結果次第となり、今後も市場の熱気とともにサスペンスが続くことになる。

